【きんさん・ぎんさん】成田きんさんの息子さん!?

     

《和子は又々こんな記事を見た~》

💦💦💦💦💦💦💦💦💦💦💦💦💦💦💦💦💦💦💦💦

       

 幸男さんは93歳 長寿の秘訣は

               「洒落っ気、色っ気、食いっ気です」

テレビCMで一躍人気者となった双子姉妹の姉・成田きんさんの

息子もまた、病気知らずの長寿。密着取材から見えてきたのは親譲りの

軽やかな生き方だった。

どこでも女性にアタック

「ここには『きんさん桜』と『ぎんさん桜』が並んで立っているけど、

きんさんの桜の方がね、ちょっと咲くのが早いんだ」  

愛知県名古屋市・笠寺公園。この地に植樹された母と叔母ゆかりの

“長寿の桜”を仰ぎ見て、成田幸男さんは目を細めた。  

母の名は成田きんさん。1992年に流れた〈きんは100歳!ぎんも100歳!〉の

ダスキンCMをきっかけにご長寿姉妹として脚光を浴び、国民的な

人気者となった双子の姉・きんさんだ。「おふくろが107歳まで生きたから、

それまでは自分も生きたいな。できれば親を超えたい」

(成田幸男さん、以下同)  御年93歳の幸男さんは、長寿の秘訣に

3つの“気”を挙げる。

1つ目は60代から心がけている「洒落っ気」だ。

「年を取ると面倒で身なりがだらしなくなってしまうから、

それをやめようと意識したの。おしゃれを楽しんで自由に生きるように

なると、ストレスがなくなるでしょう」 それがいいんだと、実感を込める。

「ウチのきんは11人も子を産んで体がずっと弱かったの。

でも100歳から変わった。解放されたみたいに言いたいことを言って、

やりたいことをやれるようになって。自由に過ごしてすっかり丈夫に

なったもんね。だから俺も同じように自由に好きなことをする」

 この日の幸男さんも洒落ていた。モーニングを食べに馴染みの

茶店まで散歩する時は、茶色のパンツに茶色のハンチング、

桜を見に公園へ出かける時は紺のジャケットに着替えて紺のハンチングを

選んだ。おめかしにはソフト帽を。自宅リビングには帽子が8つ並び、

季節ごとに衣替えもする。 指には「母が“きん”だから」と、ゴールドの

指輪がキラリ。「売り場のかわいい女性が選んでくれたから、

ついつい買っちゃった」と照れながら、

           

長寿の秘訣その2である「色っ気」を覗かせる。 「独身時代は女性からモテた。

社内や街、どこでも素敵な人と出会ったら『こんにちは』ってアタックするの。

当時はそうやって声をかけてもヘンな男とは見られなかったし、

自分も“ピッ”としとったもんでね(笑)。相手から好かれた。

長くお付き合いしたい人は初デートから洋食のステーキとか、

一流店に誘ったね」 25歳で母きんさんが見込んだ菊枝さんと見合い結婚した。

嫁姑関係は良好で家庭円満だったが、60年近く連れ添そった妻は10年前に

死別。幸男さんは83歳だった。その後、会社員時代に部下だった女性と

再会してともに過ごすも、その彼女も亡くなり、

現在は気ままなひとり暮らしを送る。

俺はまだ若い。なんでもやれる」

 天気がいい日にはデパートにも足を運ぶ。紳士服だけでなく婦人服も

チェックし、宝飾フロアまで隈なく巡る。今は外出先で女性販売員らと

交わすおしゃべりがちょっとした潤いとして、日常に色を添えている。  

そのまま食品フロアへ。

3つ目の秘訣は「食いっ気」と語る。好きなものを食べたいという欲が、

明日を生きる活力になっているのだとか。 「ステーキや揚げ物、

そばが好き。後片付けがえらい(疲れる)から外食や惣菜で済ますことも

増えたけど、自炊もするよ。すき焼きなんかは得意料理だね。

計量はジャジャッと目分量でな(笑)」  炊事でもストレスフリーに

自己流を通す。  晩酌は焼酎をコップで少しだけ。

今では酔わない程度にのんびり嗜む。 「酔っぱらうと寝りゃあせんから。

昔は友達と10人で飲みに行って1斗空けたこともある。若かった、

20代の話よ。もう40年も前か……。んっ!? もっといっとるか?」

 そう言うと噴き出した。 「自分はね、70代に見えるんだって。

そう言われたらますます足腰を鍛えておしゃれもせなあかんと

やる気も出る。家の綻びなんかも見つけたら自分で修繕するよ。

93歳を意識すれば、『年くったなぁ』となっちゃう。だから

『俺はまだ若い。なんでもやれるんだ』って気持ちを絶えず持っている」  

現役時代、住友電工に勤めていた幸男さんは定年後、

                 

           きんさん・ぎんさんの107歳のお誕生日

きんさん・ぎんさんフィーバーで世話係に。テレビやイベントに

ひっぱりだこな2人は全国各地を飛び回った。姉妹が100歳になった

1992年に楽曲『きんちゃんとぎんちゃん』でCDデビューを果たし、

名鉄百貨店で催された2人のグッズコーナーは、半年ほどで

数千万円を売り上げたという。春の園遊会に招待されたこともある。  

そんな“ご長寿姉妹”を側で見てきた幸男さんも、今では自分が

“ご長寿”を語る立場になった。その変化も「自分より若い人が

こんなに話を聞いてくれるなんて、この歳じゃ考えられん」と面白がる。  

常に軽やかな“気”の持ちようも、元気で長生きの秘訣なのだろう。

💦💦💦💦💦💦💦💦💦💦💦💦💦💦💦💦💦💦💦💦

【いつまでも 有ると思うな親と金

   無いと思うな 不治と災難(川柳・・・)】