わたしの知らない世界ー1・・・

       

      《和子は又々こんな記事を見た~》

💦💦💦💦💦💦💦💦💦💦💦💦💦💦💦💦💦💦💦💦

  施設の2階からジャンプ…

     78歳入居者男性が看取り医に「野垂れ死にたい」と

                                  泣きついた…そのヤバすぎる理由

 つくば市の老人施設に、行政に保護された路上生活者の

覚(さとる)さん(仮名・78歳)が入居した。彼は施設からの脱出を

試みるようになる『「頼むから外に戻してくれ」2700人以上を看取った

医師の後悔…78歳施設入居者男性が脱走を繰り返した理由』に続き、

6000人以上の患者とその家族に出会い、2700人以上の最期に立ち会った

医師が、人生の最期を迎える人たちを取り巻く、令和のリアルをリポートする

窓からの大脱走

   

 6月の早朝、サトルちゃんのいる老人施設から電話が鳴った。

サトルちゃんが失踪し、行方不明だという。早朝5時には施設の夜勤者に

よって安否確認されていたが、朝食の時間になっても現れず、施設内を

探したが見つからないらしい。  警察に届けた方がよいのではないかと

進言し、「発見されたら呼んで欲しい」と伝えた。そしてその日の夜8時頃、

施設から20kmほど離れた町のコンビニにで「警察から送られた写真と

同じ人物が現れた」と通報され、保護されたと連絡がきた。  

この施設は会社組織で有料老人ホームを運営している。昨今の老人ホームを

見学したことのある人はわかると思うが、セキュリティがしっかりしていて、

居住者が外に逃げるのは非常に難しくなっている。この施設もまた、

扉にはロックがかかっており、正しい暗証番号を入力しないと出られなく

なっていた。  それをサトルちゃんは突破した。恐らく2階にある自分の

部屋の窓から飛び降りたのだ。  本人は否定したが、サトルちゃんの部屋の

窓の下に駐車してあった、施設の車の屋根が歪んでいたそうだから、

間違いないだろう 彼に会いに部屋に入った。「おっす!」と声をかけると  

「すみませんねぇ、夜分に御迷惑をかけて」 と素直そうに謝罪してきたが、

目つきはまだ、やる気満々だった。「怪我はなかったの?」 「大丈夫でした。

本当にすみません」と謝る彼に、「まだ、やる気でしょ?」 と

声をかけながら窓に近寄ると、窓は開けられないように工作が追加されていた。

駐車場には車も無くなっていた。飛び降りるにしても存外に高い。

階下に車があったとしても、私には飛べないなと思う。

エスカレートする脱走

   

「この高さをよく飛べましたね。やるな、サトルちゃん」と逆に

誉めてみた。「いやあ、本当に、すみません。二度とやりません」  

部屋に自分たち二人しかいないことを確認して、「やる気が顔から

出てますよ。でも、これが自分の施設だったら許せないだろうなぁ。

車の屋根の修理費だけじゃないんだよ。サトルちゃんが逃げる途中で

事故にあったり、命の問題が起きたら、管理者は土下座じゃすまされないんですよ。

社会的な制裁まで背負わされる」「管理者? それは社長の事か? 

一度も会ったことはないな。あんたはここで、どういう役割なんだ?」

「私は診察に来ているだけ。私も社長と会った事はないですよ」  その夜は、

サトルちゃんに怪我も異常も無いと思われたので帰る事にした。

当直者にロックを解除してもらい外に出る。二階を眺めると、

サトルちゃんがバイバイという事なのか、私の方に手を振っていた。

いつか自分も年を重ねて、こういった場所に保護されて出られなくなる日が

来るかも知れないと考えると、なぜか切なくなってくる。一か月後、

また彼は脱走した。二度目の方法はわからない。しかし今度は途中で

自転車を使ったらしい。詳細はわからない。そして、彼は保護されて、

また戻ってきた。保護された場所は松戸の辺りだったという。

とうとう彼はつくば市を抜け、利根川を越えたのだ。さらに

二か月後の9月、三度目の逃走を図った。北千住辺りの公園で

保護されたという。そして、彼はまた、この施設に

連れ戻されてきた。3度目の方法も不明である。施設長は頭を

抱えていた。「すいません、御迷惑をおかけしました」と

部屋に入ると、いつも通り素直に頭を下げて来た。

日焼けしており、元気そうだった。正直に言うと、また会えて

よかったと思った。これだけ脱走しても、なぜ同じ場所に

戻されるのかという疑問はあったが、そこに大した意味は

無いのかも知れない。普通に保護して、元の住居に戻したと

いうだけの事なのかも知れない。

「野垂れ死んだほうがいい」

   

「もはや3度目だけどさ、ここから逃げて、どこへ

行きたいのかな?」「元の線路下に戻りたい。生活保護なんて

いらない。仲間の所に帰りたい…」「これから、サトルちゃんも

俺も年を取るじゃない? 冬に外で過ごすのは厳しくなると

思うのね。でもここにいれば、少し不自由でも、夏も冬も一定の

温度で、週に何回かは風呂に入れて、味の好みはあるかも

しれないけれど、暖かい食事が黙っていても出て来る。常識的に

考えれば、ここにいたほうが、これから先は良いとは思わないの?」

「俺たちみたいな奴らは、色々“ワケあり”とか言われるけど、

みんながそうではないんだよ。俺なんか、気づいたら

こうなっていたけどさ、好きでやっているような気がする」  

サトルちゃんはベッドの上で目を瞑り、悲しそうに言葉を

絞り出した。「ガード下にいる事で、誰かに迷惑をかけたつもりは

ないんだよ。俺は、誰かに管理されながら生きられない。

こんな生活は息苦しくて一時間ももたないんだよ。だから

見逃してほしい。ここは刑務所そのものだ。この中にいるのなら、

外で野垂れ死んだ方がいいんだ」 言っている事は一見、

自分勝手に思えるが、気持ちは分かるような気がする。

老人施設は何のためにあるのか。心の中で脱出して自由を手に

入れたがっているサトルちゃんを応援している自分もいる。

自分も老人ホームの運営に参加しているが、そこに行きたいかと

いうと、また、これは別の話になる。

黙ってあれこれ考えていると、サトルちゃんは目を開いて

笑いはじめた。「お前はいいやつだ。必ず返すから、

千円貸してくれねえか?」  まだ彼は元気だ。

ここから脱出する気満々だった。私は貸すというよりカンパしたい

ぐらいの気持ちになった。しかし主治医が老人ホームからの

逃走資金を提供したなんてバレたら、確実に事件になる。

「貸してあげたいけど、悪いね…」といって断った。

サトルちゃんの最期

   

そして、一か月後、彼は4度目の逃走を果たした。

五反田のガード下で保護された。正確には捕獲されたのかも

知れない。いつものように老人施設のスタッフから

呼び出しが入った。「またサトルちゃんに会える」と思って

部屋に入ると、今までとは様子が違っていた。顔に精気がない。

目の色が死んでいた。「サトルちゃん、身体の調子が悪いのかい?」  

彼は目を瞑って泣いていた。「もう駄目だ。

どこにも逃げられやしない」「みんなには内緒だけど、

調子が悪いのなら早く治して、リハビリやって、また逃げよう」  

彼はベッドの上で首を横に振った。 それからの彼は、

食事を受け付けなくなった。点滴も全て拒否した。話しかけても

答えなくなり、最後は水すら飲まなくなった。そして一か月後、

亡くなった。

盲目の人気女性教授、シーナ・アイエンガーの著書

『選択の科学』を思い出した。彼女は人間の「選択の自由」を

動物園の動物の寿命で解説している。環境や食事を守られている

動物園の動物のほうが、実は野生の動物よりはるかに寿命が

短いのだという。それは「選択」する自由がないからだと

彼女は説いている。  公共的な立場から考えれば、路上生活者を

施設に保護する事は正しいと思う。一方でそれは彼らの選択の

自由を奪う結果にもなる。もしサトルちゃんのワガママを許して

自由にさせておいたら、今年の夏も、あの白髪のロン毛で

日焼けした両足で五反田のガード下を逞しく歩いていたような

気もする。そしていずれ本人の希望通り、

どこかで野垂れ死んだだろう。それは誰にも気づかれない

死だったかも知れないが、施設で食事を拒否し続けて失った

生よりも、本人が納得する正しく生を燃やし尽くした死だと

思えてならない。

💦💦💦💦💦💦💦💦💦💦💦💦💦💦💦💦

【いびきより 静かな方が 気にかかり(シルバー川柳)】