思い出ばなし・和子の幼い頃の闘病生活-1・・・

 

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其れは小学4年生の春でした。左足の膝の下に痛みを感じ、母に連れられて

掛かり付けの主治医さんの診察を受けた所、最初は「筋炎だよ」と診断されて

痛み止めの薬を頂いて飲んで居ましたが、一向に痛みは取れず、膝の下の方が

腫れる様に成って来て、主治医の先生から大きな病院を紹介されて大病院に

行きました。その病院の外科の院長先生は、当時は名医さんと評判の先生でした

その先生から・・・「此れはカリエスです。カリエスとは骨の腐る難病です」と

   【そのカリエスとは・・・】

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 壊死により骨組織が崩壊する為に、病状が進行すると、脊髄損傷を来たす。

歩行障害などから寝たきりになることがあったり、感覚神経の圧迫によって

激痛を伴うことも有る。脊椎・肋骨のカリエスなどがあり、

その大半が結核の時の二次感染である。

正岡子規が『病臥抄』で自らの病状を描写している。

治療は全身療法、つまり安静・栄養・化学療法のほか、病患部の固定・手術がある。

 

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当時、和子は小学4年生で何も分からず、唯足が痛くって歩くのも困難でした

開業医の先生の所に注射をして貰いに行くのも、今の様に車も無く

リヤカーに布団を敷いて貰って母と姉ちゃんと2人で開業医に連れて行って

貰った記憶、

リヤカーに布団を敷いてお医者さんに行く事は珍しい光景で・・・村の人は・・・

「誰が悪いの?」と言って覗きに来る

「ま~かーちゃん(和子)か?可哀そうに・・・」又母が何処で聞いて

来たのか分かりませんが、「味噌の引きずり灸とか?塩をフライパンで温めて

晒の袋に入れて温めて呉れたり・・・」戦後の何もない時期・・・

                続き・・・

【眼には蚊を 耳には蝉を 飼っている(シルバー川柳)】