和子の生い立ち-130〜激痛ともお別れ〜

腎臓結石で、38日と言う入院生活の中で17日間もベットに釘付けにされて
辛く苦しい闘病生活を送りましたが、肝心の痛みは腎臓結石では無く胆石で
その後、2年間度々苦しみ、激痛の感覚も一ヶ月に一度が2度、3度・・・と
感覚が狭くなり、最後の時には余りの痛み苦しみで、この世の未練、
可愛い2人の息子に優しい夫、折角当たった新築の市営団地の未練も何も無く
早く死んで仕舞いたい。早く死んで楽に成りたい・・・と思いました。
朝に成っても激痛は治まらず、暮れで夫の仕事納めの日の朝でした。
夫は「今日は最後の日だから・・・成るだけ早く帰って来るから・・・」って
頻繁に発作を起こし3〜4時間で治まっちゃうのを知ってるから会社へ・・・
子供達は其々に学校に行き、和子は一人ぼっちで苦しんで居ました。
すると19棟の清水のオバサンが偶然に来てビックリし・・・
タクシーを呼んで呉れてオバサンに日赤に連れて行って貰い苦しみから解放
消化器科の村田先生がやっと和子の胆石を見届けて呉れて再度入院・・・


今度の胆石の手術は2〜3日で起きられるし、やっと激痛から解放されると
思ったらルンルン気分で手術室へ・・・
所が、朝9.00から点滴が始まり、看護師さんが「胃菅に管を入れるね?」って
鼻から管を入れられて・・・腎臓の手術より重症患者に成っちゃって・・・
今回は子供達も大きく成ったし〜夫が朝少し遅れて会社に行き2人の子供を
学校に送り出してから行くからお姑さんは頼まないと・・・
誠は小学高学年に成り、学校から帰ると少年野球に・・・
浩ちゃんは電車に乗って和子の所へ洗濯物を取りに来て呉れる。
一人で電車に乗せるのは初めてで・・・「洋光台で降りるのよ〜降りたら
真っ直ぐお家に帰ってお母さんから電話が来るまでお外に行かないで?」と
約束をして乗り越しの確認、電車は大船までだから大した事は無いけど〜
未だ小さいから心配だから・・・
病院を出て、電車に乗って洋光台に着いて家に帰る時間を大よそ計算して
家に電話をする。浩ちゃんが電話に出れば安心!!

そんな事を遣りながら3週間の入院で無事退院しました。
やっと激痛から解放されてホッとし夫や2人の息子に「有難う〜」と