「22年間、全否定されていた…」・・・

  

  義母とマザコン夫から逃れるための間違い

                 専業主婦の逆襲

それからも相変わらず、留子のイビリは続いていた。成美はそれに対して

何も反論せず、ただ毎日を粛々と過ごしている。その日も今までのように

同じことの繰り返しになる、留子はきっとそう思っていたことだろう。

夕食時、留子は出された野菜炒めを食べて、顔をしかめた。

「ねえ、なによこれ⁉ 辛くて食べれないわ! あんた、私の事を

病気にでもしたいつもり⁉」「またですか? この間は薄い、でしたけどね」

「こんなの食べたら、体がどうにかなっちゃうわ! ちょっと警察に

通報しようかしら?」「お好きにどうぞ。

私は一般的な味付けをしているだけですから」

「吉道はどう? 濃いわよね?」

「ああ、ちょっと濃すぎるな。これじゃ母さんの口に合わないよ」

まるで下手くそな劇団だ。同じセリフを何度も言って飽きないのだろうか。

「あんたね、いい加減にしなさいよ! こんな食事を長年

食べさせられているこっちの身にもなって!」

そこで成美はポケットからボイスレコーダーを取り出す。

「同じ文言を22年も言われ続けているこっちの気持ちも考えてください!」

成美はレコーダーを再生する。そこには留子のイビリ発言の数々が

録音されていた。

   

【何これ、味が薄い! 水を飲んでるのと一緒よ!】

【何これ、味が濃いわ~。こんなの食べ続けたら死んじゃうわ!】

【何これ、味が薄いわね~。水を飲んでるみたいだわ!】

【何これ、味が濃すぎる! 私を病人にでもさせたいの!】

新しい音声が再生される度に、留子の怒りが沸騰していく。

「な、なによこれ⁉ あんた、そんなことしていたの⁉」

「そうですよ。お義母(かあ)さんって語彙(ごい)力が全然ないのか、

イビリが常に一辺倒なんですよ。言ってて恥ずかしくないんですか⁉

 味が濃いか薄いかを繰り返しているだけ。他に何か悪いところ

見つからなかったんですか⁉」「あ、あんたねぇ!」

「実はお義母(かあ)さんを試したことがあったんですよ。

濃いって言われたとき、私、その翌日にさらに濃い料理を作ってみたんです。

そのとき、お義母(かあ)さん、何て言ったと思います?」

成美はレコーダーの再生ボタンを押す。

【何これ、薄すぎるわよ! 調味料の存在を知らないのかしら⁉】

成美は停止ボタンを押して、留子を見る。

「お義母(かあ)さん、舌が正常に機能されていないようですので、

一度病院に行かれてみてはどうですか?」

成美の言葉に留子は顔を赤くして怒る。

「あんた、こんな失礼な事をするなんて、 本当に、性格の悪い子ね~!!

 どうしてこんなのが嫁に来ちゃったのかしら~? ハズレだったわよね、

吉道? そう思うわよね?」聞かれた吉道は困ったように視線をさまよわせ、

わずかにアゴを引いてうなずく。その瞬間を成美は見逃さなかった。

「じゃあ離婚ですね。そうしましょうよ」

   

成美の言葉に留子は驚く。「は、はぁ⁉ 離婚⁉ あんた、こんなことで

離婚なんて本当に根性がないわね~。どんな親に育てられたのかしら~」

「ちゃんとした親ですから、ご安心を。それよりも、こんなどうしようもない

ザコンを育て上げるようなあなたこそ、母親として終わってると思いますよ」

「ま、マザコン……?」

「知りませんでした? 何でもかんでもお母さんの言いなりになる男の

ことを世間ではマザコンって言うんです。勉強になりましたね」

「あんた、吉道のことをバカにしているの⁉」

「そうですよ! でもあなたのことはもっとバカにしてますから!

 私に息子を取られたと思っているのか何なのか知りませんけど、

全く意味のないイビリをするだけで生産性のない人生を送っている

あなたのことをね!」成美はそのままリビングを飛び出して寝室に向かった。

22年間、全否定されていた

押し入れの奥にこっそりと準備していた荷物を取り出す。寝室に来た

吉道が成美の様子を見て驚く。「ほ、本気じゃないよな?

ちょっとしたけんかだろ、これは?」

「いいえ、私は本気よ。出て行くから」

吉道はうろたえながらも、成美を止める。

「かんしゃく起こすなよ、こんなことでさ」

「あなたにとってはかんしゃくに見えてるんだ。何度も私はあなたに

助けを頼んでいたのに、何もなかったことになっているのね」

「と、とにかく落ち着こう。もしかしたら、母さんが謝るかも

しれないからさ。取りあえず下に戻ろう、な?」

「いいえ、戻りません。そこの棚に離婚届が入っているわ。

私のサインはしてあるから、後で出しておいて」

成美が棚を指し示すと、吉道は手で顔を押さえる。

「なあ、冗談は止めてくれよ。離婚なんて、俺は、俺は、絶対に嫌だからな……」

「泣くんなら、ママになぐさめてもらえば? あと、慰謝料も請求するけど

その辺は弁護士とのやり取りになるから、そのつもりでね」

「慰謝料……? ちょっと待ってくれよ……」

「さっきのボイスレコーダー聞いた? 離婚の原因はあんたの母親の執念深いイビリ。

そしてあんたがそれを庇(かば)ってくれなかったこと。

これって立派な離婚原因になるから」

成美はそのまま寝室を出ようとする。しかしそれを吉道は体で防ぐ。

「り、里香になんて説明するつもりなんだ? こんなことで離婚したら

アイツはきっと、悲しむぞ」成美は吉道を直視する。

「あなたも22年間、やることなすこと全否定されてみたら? それでも

こんなことだって言えたら、大したもんだわ。私は無理。ちなみに里香は

大賛成してくれている。この家に帰ってこなくて良くなったって

喜んでいたわ」里香の言葉はかなり堪えたようで、吉道は何も言葉が出ず

うつむいていた。

娘の部屋で

家を出た成美が向かったのは、里香のマンションだった。

大きな荷物を持った成美を里香は笑顔で迎えてくれる。

「ごめんね、しばらくの間、お世話になります」

「いいよ。お母さん、むしろよくやったよ」

荷物を置いて、小さなソファに腰を下ろす。

「なるべく早くに出て行けるように頑張るからね」

「全然気にしないで。そのデザイン事務所ってここからも通えるんでしょ?」

「そうね。でもいつまでも厄介になるわけにはいかないから」

その夜は里香とささやかな乾杯だけをして、早くに就寝をした。

とても疲れていたからか、久しぶりに熟睡をすることができた。

就職祝い

   

それから間もなく成美は無事にデザイン事務所に採用された。

最初はアルバイトだが、働き次第によっては正社員として

登用してくれるとのことだった。ずいぶん昔に諦めていた人生が

ようやく始まると思うと、期待に胸が躍った。

成美の就職を里香がお祝いをしてくれるというので、2人で歩きながら

店まで向かった。

「ほんとに一人暮らしするの? 一緒に住めばいいじゃん」

「ちょっとね、お母さんも久々の独身を楽しみたいのよ」

「ふーん。でもお金は?」

「慰謝料をたんまりもらうから。それにこれからはちゃんと働くしね」

「いつぐらいに正式に離婚できるの?」

「うん、ちゃんと弁護士の先生から話を聞いてるから。でもまだ

離婚したくないってグズってるみたいだけど」

「みっともない……」

里香は嫌悪感たっぷりの言い方に、思わず成美は笑ってしまう。

「パパとおばあちゃんってさ、これからどうなるんだろうね」

「さあね。興味ないわ」

目の前に交差点が近づいていた。右が左か、真っすぐか。

どこに行くのも成美は自由だった。

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