子供が自立する迄子育ては親の責任!!・・・

 

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   《和子は又々こんな記事を見た~》

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継母に育てられた人より「お父さん、虐待を認めてくれて有難う」

今日は私が継母から受けた虐待の話と、激しかった自身の反抗期

お話をさせていただきます。私は現在、4歳の双子のお母さんです。

4歳ともなると身の回りのことが出来るようになり、自分の意思が強くなり小さな反抗が毎日のように出てくるようになります。

用意した服は嫌。これじゃないと嫌。自分で出来るから!!自分でできない!!!などなど、毎日イヤイヤの連発と子供同士の喧嘩で、私自身もイライラしてしまいます。思わずお尻をペンペンしたり、「チッ」っと

舌打ちが出ることも。でもこんな時、ふと自分の反抗期のことを思い出すのです。

 

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複雑な家庭環境からの反抗期

私の家庭環境は複雑でした。それは、私が小学生低学年の時に両親が

離婚したからです。当時お父さんが大好きだった私は、お母さんと離れ

お父さんと生活することになりました。まだ低学年という事もあり、

周りの環境の変化について行けず、活発だった性格もそれを機に大人しくなりました。

そんな時に新しいお母さんが出来たのですが、その新しいお母さんはお酒を

飲んでは暴れる酒乱だったのです。私には兄がいたのですが、何故か兄には

優しく私には暴言、暴力があり、お父さんも見て見ぬふりでした。始めは

良い子にしていたらこの生活も終わると信じていたのですが、毎日続くこの

生活に耐えきれずお父さんと離れ、実のお母さんの方で暮らすことに

なりました。でも、お母さんにも内縁の夫がいました。

 この頃私は中学生の多感な時期で、お母さんとは大丈夫だったのですが、

その内縁の夫に対して「気持ち悪い」と思うようになり、高校生になって

しばらくして家出をしました。その後は、金髪にしたり暴言を吐いたり、

はたまた引きこもり、昼夜逆転生活と荒れた反抗期に突入です。

 

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家出からの更生

私にはお父さんの家にもお母さんの家にも居場所がなく、自分の存在を

確かめたくて家出したのかも知れません。 でも、家出をしたところで

居場所なんてありませんでした。 そしてようやく気づきます。

自分自身で抜け出さないとダメなんだ・・・。

私は父方のおばあちゃんの家に転がり込みました。小さい頃から

おばあちゃん好きだったこともあり、住まわせてもらうようになりました。

更に、アルバイトをして家にお金を入れることで徐々に荒れた心も癒え

順調に一人暮らしや結婚、そして、母になったんです。

消えない記憶。そして・・・

結婚する前、たまたまお父さんと話をしていて言われた言葉なのですが、

これから先も一生忘れることのできないことを言われました。

 「お前は継母に虐待されてたもんな。」

 今まで溜まっていたものが溢れ出し、泣きました・・・訳が分からず

子供の様に泣いていたのですが、涙も落ち着いたと同時に気持ちが

吹っ切れたのを感じました。今までずっと何かを探し続けていたのだと

思います。 何で私だけ? 私が悪いの? いい子にしてれば何もされなくて済むの?どうしたら怒られないの?

父の言葉で「あー、やっぱりあれは虐待だったんだ。」と答えにたどり着いた時、

自分で自分を押し殺して生活していたことも客観的に見れるようになりました。

 

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複雑だけどシンプル

結局、幼少期の家族のコミュニケーションがどう取れてるか、その子の性格は

どうなのか?それによって反抗期の大きさは絶対に変わると思います。

母となり育児をする中、子供につい強く言ってしまうこともあります。

子供も4歳の小さな体で力で言葉で必死にココロをぶつけてきます。

でも、私が経験した居場所がないっと感じさせることだけはしたくない。

 きつく言いすぎた日、その次の日でも遅くはありません。気づいた時には

必ず子供に伝えるようにしています。

 「怒りすぎてごめんね。危ないから言うの。怪我するあなたを見たくないの。

これからも危ないこと、行儀の悪い事をしてたら注意するけど、その前に

気をつけられそうかな?」子供もスッキリした笑顔で返してくれます^^

「わたしも怒ってごめんなさい、気をつける!頑張るよ!」

 

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伝える力の強さは違っても、同じだと思います。

二人の気持ちを分かり合わない限り、反抗期は終わりません。

 ときどき子供に聞きます。

「お母さんの愛情足りてる?」

「足りないよー」と言われたら、ぎゅーっとして愛情チャージ!!!

「愛情満タンですかー?」

と満タンを確認し、笑顔で一日終われるようにしています。

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和子は小学2年生の秋に長男が結婚し、同居生活を初め、幼いながらに

継母同然に兄嫁の苛めを受けましたが、大人に成り子供を持って親と成って

初めて「兄嫁の苛めは苛めでは無かった~泣き虫の甘えん坊の和子を

大人として導いて呉れたんだ」と思う様に成って、兄嫁とも和解し

和子の第二の母に・・・一寸オーバーかな?(笑)

所が夫は4~5歳の時に実母を栄養失調で亡くし、両親の実家に預けられて

東京に帰って来とき、小学5年だったと聞きます。夫は男だし未だ幼かったから

非行に走る事も無かった様ですが、次兄は反抗期の一番激しい頃でやっぱり

大変だった様です。

義母も他界してやがて20年程に成りますが、夫は事有る毎に義母を

思い出すと「学校の校章を失くし、義母に『買って欲しい』とお願いしても

買って呉れなかった」とか???

義母も亡くなる前に1年近く病院に入院しましたが、中々お見舞いに行こうと

しません。「お兄さん(長男)はパパと同じ環境で育ってもしっかり面倒を

見て呉れて居る。そのお兄さんに免じて月に1度位が・・・」と言って

義母のお見舞いに・・・

幾つに成っても幼い頃の虐待は心の奥に潜んでいますよね?((^▽^笑) )

【長寿者に 「ひけつ」なにかと 医者が聞き(シルバー川柳)】