えっ~ 此処も~ごみ屋敷???

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センター長から「Mさんのお宅のお買い物に行って~」と言われ・・・

このMさんはお医者さんから胃癌で「余命3ヶ月」と宣告されて居る様です。

伺うと此処のお宅も玄関に入るとゴミの山?思わず「えっ~又???」って感じ

台所の向こうのお部屋には息子さんは大きな犬と住んでいる様です。

此処のお宅は生活援助でお買い物に行くだけ・・・で30分位時間に

余裕が有るから、背中をさすって上げたり~足を撫でて上げてお話しを・・・

利用者さんも「余命3ヶ月って言われたから・・・」と落ち込んで居られたけど

「人の命は誰にも分からないよ~病院の先生は大凡で『3ヶ月』って言うけど・・・

もっと・もっと長生きする方だって居るし・・・幾ら元気にして居ても何時

成仏するか分からないから・・・余り気にしないで一日々を大切に過ごした方が

良いよ」と慰めて上げるだけでした。其れでも彼女は喜んで、「毎日貴女に

来て欲しいからセンター長に頼んで欲しい」と・・・

そのお宅にも3日に1回位の工程でお世話しました。

【昔酒 今はびょういん はしごする(シルバー川柳)】

えっ~ ごみ屋敷???そのー3

有る朝、伺うとプラスチックの3段の籠に成ったキャスター付きのワゴンが

有って、その中に調味料とか乾物・缶詰その他諸々が入って居ますが、

その「籠の中を整理をして欲しい」と言われ、ごみ屋敷だけに

手の付けようの無い感じで・・・思わず「え~~~?」って言っちゃう感じ(笑)

すると利用者さんは、「大きなビニールのゴミ袋に一段づつ入れて遣れば良い」と

アドバイスして呉れて、大きなゴミ袋に一段づつ入れると???何かゴマか

花の種でも零したかと思う程小さな黒い粒が???何だ~?これ???

良く見るとゴキブリの糞???

 

和子は仕事と割り切って我慢して掃除をしたけど~殆どのヘルパーさんが

嫌がるでしょうね?又利用者さんも「嫌がる」と心得て居るのか、和子には

優しくして呉れて、良く京都から取り寄せたデニッシュパン一本(3斤)を

「これ持って帰って食べて~」ってお土産を下さいました。

「ヘルパーは利用者さんから頂き物をしてはいけないから気持ちだけで~」と

お断りをするのですが、「誰にも言わなきゃ良いから・・・」と言って~

有難う・・・

【合コンだ 入歯みがいて 紅さして(シルバー川柳)】

えっ~ ごみ屋敷???そのー2

1年掛かっても2年掛かっても、ごく普通の家庭に近い程度に

奇麗にして上げようと思う和子の気持ちには、嘘・偽りは有りませんが

介護の世界は、自分の気持ちを押し通せる所では有りませんでした。

誰でも住み良い環境・奇麗な場所で人生を送りたいと思う気持ちは

ご尤もですが、このKさんは、他人から見ればごみ屋敷でも住み慣れた

ごみ屋敷が住み心地が良いと和子は判断をして、良く「時間さえ居ればお金に

成る」と言うズルい考えを持つ方が居ますが、まさに手のつけようの無い

このお宅、勿論・四角いお部屋を丸く掃く状態でお掃除をして、

リビングは雑巾掛けをして、トイレにお風呂場のお掃除をして帰るのですが・・・

 

朝、「お早うございます」と伺うとKさんは取っても和子に優しく

「珈琲を一杯飲みなぁ」と言ってカフェオレのスティックを1本下さいます。

さてマグカップと言えば茶渋は付いたような汚いカップで先ずは洗わないと

飲めない?テーブルの上に置こうと思っても置く場所が無い?丸い

パイプ椅子の上にお盆を乗っけて食事をされる始末。そのお盆の上にカップを

置くと利用者さんはチャカリ自分のカフェオレを入れて飲む?ガハッ(*^^*)

【なってみりゃ あの年寄りは 偉かった(シルバー川柳)】

えっ~ ごみ屋敷???そのー1

コムスンに在籍中にコムスンのセンター長から「kさんのお宅に1時間

生活援助でお掃除に行って~」と言われ初日はセンター長の同行で伺いました。

「今日は~」と玄関を開けると灯油の臭い、下駄箱の下には灯油のポリタンク

上には段ボールとスーパーのレジ袋の山、お家は大きなお宅で入った所の

居間にはテレビと炬燵・テレビの前には敷布団が一枚敷いて有って、枕

此処で何時も息子さんが寝そべってテレビを見る様です。炬燵の上には大きな

Fax付きの電話機と利用者さんの薬箱・新聞と・・・伝票を書く場所も無いほど一杯

色んな物が乗り、利用者さんは籐の椅子に座る。右奥はリビングでやっぱり

テーブルの上には様々な物が山積み・流し台の上の吊戸棚は戸が開きっぱなしで

油煙でベトベト・・・流し台の上にも鍋・やかん・フライパン・調味料~と

センター長が「玄関の段ボールやレジ袋を捨てましょうか?」とお伺いを

立てると・・・「捨てちゃダメ」と・・・センター長は呆れて・・・途中で

和子に「お願いね?」って帰っちゃう・・・

「私だって嫌だよ~~~」って言いたいけど・・・此れも仕事(笑)

和子は(1年掛かっても・2年掛かっても普通のお宅にして上げよう・・・)と

思いましたが、この利用者さんは、この「ごみ屋敷」で満足だから・・・

とにかく居間の奥には利用者さんの寝室でベットが有るのですが、

ベットの周りにはCO・OPで買った洗剤類・カップラーメン・マヨネーズ

フルーツの缶づめ・寝たきりに成っても不都合をしない様に・・・と言う

利用者さんの思いだそうです。

 

【逝く日まで 恋をする気で 紅を買う(シルバー川柳)】

コムスンの解散・・・

 コムスンも一連の騒動で介護のお仕事も針のむしろに成りましたが

和子は又改めて職探しも面倒だし・・・コムスンが閉鎖して何処かの

事業所が引き受けて呉れるのなら其れはそれで良いかな?って思ってました。

所がコムスンの先輩Mさんから「Yと言う事業所に面接に行ったら『お友達も

良かったら誘って下さい』って言われたから貴女も面接に行くぅ~?」って

誘って頂き、「其れじゃ行くぅ~」と言ってY事業所へ面接に行きました。

勿論、利用者さんもご一緒に・・・

 

数人の利用者さんと共にコムスンを退職しY事業所へ・・・

このY事業所は有る大手の会社が経営する事業所で立派なビルを持ち安定した

事業所でした。勿論コムスンの事情が事情だっただけに、利用者さんも事業所の

移動のも快く引き受けて頂き、再出発を・・・

最初の内はコムスンからお連れした利用者さんだけだったけど・・・

段々とY事業所から利用者さんも増えて忙しい毎日でした。

コムスンを退職する前に・・・センタ長から「Kさんのお宅に生活援助で

1時間行って~」と言われ・・・センター長と同行訪問をしました。

 

【主治医には ないしょで鍼灸 まむし酒(シルバー川柳)】

 

大里町のおばあちゃん

 一日に在宅介護は数軒のお宅に訪問するのですが、最初は先輩ヘルパーさんに

同行訪問をして頂き、2回目からは一人で訪問をします。大里町の

おばあちゃんのお宅も、若い2人の子供を持つママさんヘルパーさん

Sさんに・・・此処のお宅は団地の一階で、生活援助1時間で偶にお買い物に

行ったり~主にお部屋とお風呂場のお掃除でした。お買い物に行く時には

利用者さんに欲しい物を聞いてメモし、ヘルパーさん専用のお財布が有って

お小遣いを頂き、近くのスーパーにお買い物に・・・勿論帰って来るとノートに

家計簿を記しレシートを添えて・・・利用者さんにお財布をお返しする・・・

此れは大里町のおばあちゃんだけではなく、何処のお宅も同じです。

だけど・・・大里町のおばあちゃんは結構、大雑把と言うか、ヘルパーさんを

信じてるからかは良く分からないけど・・・「そんなにきちんとしなくても

良いよ~」って言って下さいましたが、やっぱりお金だけはきちんとしないと・・・

 

此処のお宅に来るヘルパーさんSさんは和子より大分先輩でお子さんは

小学生だったかな?大里町のおばあちゃんは、Sさんに長い事、お世話を

して貰って、大のお気に入りのヘルパーさんでした。

「私はSさんは娘の様に可愛く、子供も未だ小さい赤ちゃんの頃から

来て呉れて居るから~」と一寸嫉妬をする位お気に入りのヘルパーさんでした

 

【次の世も 一緒と言えば 妻はNO(シルバー川柳)】

 

心に残る、天羽のおばあちゃん・・・

和子が在宅介護を始めた当時、和子と同行訪問をして呉れた先輩のSさん

彼女と2人で組んで曜日別で交互に天羽のおばあちゃんの介護をさせて頂き

彼女は和子より30分程長く天羽のおばあちゃんのお世話をして、病院から

頂いて来るお薬の袋に何枚も何枚も俳句を作り、この俳句をSさんは正書して

本を出版されたそうです。

 

「貴女に聞いて欲しい事が有る」と言って・・・

「これは誰にも話して無いよ~息子にも娘にも・・・貴女に初めて話すんだよ~」

と言って天羽のおばあちゃんの胸の内を・・・と言うのは・・・

《80歳の時に脳梗塞で倒れて半身不随に成って老い先の短い人生に落胆して

箪笥の引き出しの取っ手に紐を掛けて自殺をしようと思い、首を吊ったけど

余りの苦しさに・・・此処まで苦しまないと天国には逝けないのか・・・と

思い、天国逝きを諦めた・・・今此処に、俳句を作ってSさんに正書して貰って

100冊出版して貰った。この本を色々とお世話に成った方に20冊・

後の80冊は、私が死んだ時にお参りに来て下さった方に貰って貰うんだ・・・」

と言って和子にも一冊下さいました。この『帆掛け船』と言う詩集は

天羽のおばあちゃんからの大事な遺品・和子の大事な宝物です。

その様な大切な身の上話を和子にして呉れて1ヶ月は元気だったかな?

何時も「先生から『85歳までは大丈夫』って言われて居るから85歳まで

生きるんだ~」って頑張って居られましたが、一寸85歳までは無理だった

様な・・・   ― 合唱 ―

 

【三回忌 頃から光る 未亡人(シルバー川柳)】