「わらび餅」の誕生秘話と河原撫子
世の中には“門外不出”や“一子相伝”などと言われるものがあります。
そうした「極秘」を意味する言葉を聞きますと、人が立ち入ることを拒む
厚い壁を感じます。しかしながら「極秘」であることが、人々の心に
「こっそり覗き見たい」とか「暴いてみたい」という欲望が芽生え、
さらに魅せられるのも事実です。
『茶寮 宝泉』にも、そうしたべールに包まれた銘菓“わらび餅”があります。
これまで多くのメディアに取り上げられてきましたが、誕生の経緯や
どのように作られるのかは語られてきませんでした。
そんな中、『花人日和』は半年以上の「京の花 歳時記」の取材をとおして、
人気の「わらび餅」の誕生秘話や人気商品ならではの悩みをうかがうことが
できました。
【特別篇】
【京の花 歳時記】では、「花と食」、「花と宿」をテーマに、季節の花と和食、
京菓子、宿との関わりを一年を通じて追っていく、『茶寮宝泉』、『菊乃井 本店』、『柊家』のリレー連載です。
◆職人の素朴な疑問から生まれた、銘菓「わらび餅」
🧿 わらび餅
「毎年、春になるとわらび餅の生地に、こし餡を包んできな粉をかけた
上生菓子を作っております。 私がまだ和菓子職人として駆け出しの頃、
本わらび粉で作った“わらび餅”というのはなんて美味しいものだと
衝撃を受けたのを覚えています。真っ黒なのに透き通るような見た目と、
独特の粘りで歯を押し返すほどの弾力があるのにプツンと切れて、
ツルンとしたのど越しに、野趣を感じるかすかな香りがなんとも清々しい……。
一般的にわらび餅といえば、本わらび粉が使用されていない白いわらび餅が
主流の現在。本わらび粉で作った“わらび餅”の唯一無二の味わいを
お客様にぜひ味わってほしいとの思いから研究開発しました」
◆考えるように上手くはゆかぬ、菓子作り
私たちの知っている山菜の蕨(わらび)と“わらび餅”は、どのような関係が
あるのでしょうか? また、一般的な“わらび餅”との違いはどういう
ところなのでしょうか? 「当店の“わらび餅”で使用している本わらび粉は、
蕨の根っこを原料とするものです。対して、一般的に知られている
“わらび餅”の主原料は、芋や蓮根、タピオカなどから取れた
澱粉(でんぷん)から作られていたり、その製法も異なります」
本当の蕨でできているから、“わらび餅”なんですね! それにしても、
材料にそんな違いがあるとは、知りませんでした。
🧿 里山に芽吹く、山菜・わらび。この根を精製して、わらび粉にする。
「そもそも根っこから抽出される本わらび粉は、少量です。さらに生産者も
減ってきているため、ますます希少で高価なものになっています。
そうした事情から十分な量の確保が難しく、本物で良い材料を
提供し続けてもらうというのは、非常に大変なことです。農作物である以上、
天候や条件は毎年異なりますし、生産者の方の高齢化など様々な問題も
あります。また、近年のわらび餅ブームで全国的に本わらび粉の供給が全く
追い付いていないという現状もあります。それでもなんとか今年も
わらび餅を提供できていることは、本当に感謝しかありません。
材料の確保以上に、もう1つ大きな問題があったんです。それは、
本わらび粉の特性で時間とともに“だれて”食感が変わってしまうこと。
本来のわらび餅の美味しさを味わっていただくためには、
この食感が変わらぬうちに食べていただく必要があります。
長年の経験で掴んだノウハウなので、詳しい製法については
お話できませんが、とにかく非常にデリケートなものです。例えば、
本わらび粉の選定から始まり、炊き方もその日の気温や湿度でも変わりますし、
火加減や火の当て方、練り上げ方など、熟練した製菓技術と経験が
求められます。当初は私しか作れませんでしたが、それではお客様の
ご注文に応えられませんので、職人たちに伝授していきました。
現在は3名の職人で作っておりますが、“わらび餅”を作れるようになるには
毎日練習しても概ね3年ほどかかるように思います」
そんな苦労があったとは、驚きますね。
🧿 弾力がありながら、やわらかい食感のわらび餅
「さまざまなメディアに取り上げられる機会が多くなって、
たくさんのお客様にお越しいただけるようになりました。そのことで、
“『茶寮 宝泉』といえば、わらび餅!”と称されるくらいの銘菓に育てて
いただきました。本当にありがたいことでございます。
こうして、わらび餅の本来の美味しさを知っていただける人が、
少しずつ増えていることは、職人冥利に尽きますね(笑)。どこか、
苦労が報われたような気持ちになっております」
◆文月のおもてなしの花
🧿 床の間に祇園祭の軸がかけられ、手付籠には河原撫子(かわらなでしこ)や
半夏生(はんげしょう)を始め、季節の花が飾られていた。
床の間には、文月のおもてなしの花が生けられます。『茶寮宝泉』の花を
生けておられる古田由紀子さんに、今回の花の種類についてお伺いしました。
「手付籠に、主格の河原撫子と半夏生を収め、線の糸芒(いとすすき)を
散らし、動きをつけました。円錐状のピンク色の花を咲かせる
穂咲下野(ほざきしもつけ)と多数の白色五弁花を下から咲き上げる
岡虎尾(おかとらのお)を取り合わせています。
🧿 【京の花 歳時記】文月の『茶寮宝泉』の銘菓「わらび餅」の誕生秘話と
河原撫子 河原撫子は、多種で入れても調和しやすいので、この季節、
非常に重宝します。また、籠にも似合いますね」
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職人さんの苦心や熱意のこもったお話を聞いた後に食す“わらび餅”は、
一味も二味も違ったものでより一層美味しく感じられました。これから先、
“わらび餅”が店頭で売られるような季節になりましたら、
きっと『茶寮宝泉』で味わった本当の“わらび餅”の味を思い出すことでしょう。
機会がありましたら、是非召し上がってはいかがでしょうか?
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