【京の花 歳時記】文月の『茶寮宝泉』の銘菓

     

     「わらび餅」の誕生秘話と河原撫子

世の中には“門外不出”や“一子相伝”などと言われるものがあります。

そうした「極秘」を意味する言葉を聞きますと、人が立ち入ることを拒む

厚い壁を感じます。しかしながら「極秘」であることが、人々の心に

「こっそり覗き見たい」とか「暴いてみたい」という欲望が芽生え、

さらに魅せられるのも事実です。

『茶寮 宝泉』にも、そうしたべールに包まれた銘菓“わらび餅”があります。

これまで多くのメディアに取り上げられてきましたが、誕生の経緯や

どのように作られるのかは語られてきませんでした。

そんな中、『花人日和』は半年以上の「京の花 歳時記」の取材をとおして、

人気の「わらび餅」の誕生秘話や人気商品ならではの悩みをうかがうことが

できました。

 

【特別篇】

【京の花 歳時記】では、「花と食」、「花と宿」をテーマに、季節の花と和食、

京菓子、宿との関わりを一年を通じて追っていく、『茶寮宝泉』、『菊乃井 本店』、『柊家』のリレー連載です。

職人の素朴な疑問から生まれた、銘菓「わらび餅」

     

      🧿 わらび餅

「毎年、春になるとわらび餅の生地に、こし餡を包んできな粉をかけた

上生菓子を作っております。 私がまだ和菓子職人として駆け出しの頃、

本わらび粉で作った“わらび餅”というのはなんて美味しいものだと

衝撃を受けたのを覚えています。真っ黒なのに透き通るような見た目と、

独特の粘りで歯を押し返すほどの弾力があるのにプツンと切れて、

ツルンとしたのど越しに、野趣を感じるかすかな香りがなんとも清々しい……。

一般的にわらび餅といえば、本わらび粉が使用されていない白いわらび餅が

主流の現在。本わらび粉で作った“わらび餅”の唯一無二の味わいを

お客様にぜひ味わってほしいとの思いから研究開発しました」

考えるように上手くはゆかぬ、菓子作り

私たちの知っている山菜の蕨(わらび)と“わらび餅”は、どのような関係が

あるのでしょうか? また、一般的な“わらび餅”との違いはどういう

ところなのでしょうか? 「当店の“わらび餅”で使用している本わらび粉は、

蕨の根っこを原料とするものです。対して、一般的に知られている

“わらび餅”の主原料は、芋や蓮根、タピオカなどから取れた

澱粉(でんぷん)から作られていたり、その製法も異なります」

本当の蕨でできているから、“わらび餅”なんですね! それにしても、

材料にそんな違いがあるとは、知りませんでした。

   

  🧿 里山に芽吹く、山菜・わらび。この根を精製して、わらび粉にする。

「そもそも根っこから抽出される本わらび粉は、少量です。さらに生産者も

減ってきているため、ますます希少で高価なものになっています。

そうした事情から十分な量の確保が難しく、本物で良い材料を

提供し続けてもらうというのは、非常に大変なことです。農作物である以上、

天候や条件は毎年異なりますし、生産者の方の高齢化など様々な問題も

あります。また、近年のわらび餅ブームで全国的に本わらび粉の供給が全く

追い付いていないという現状もあります。それでもなんとか今年も

わらび餅を提供できていることは、本当に感謝しかありません。

材料の確保以上に、もう1つ大きな問題があったんです。それは、

本わらび粉の特性で時間とともに“だれて”食感が変わってしまうこと。

本来のわらび餅の美味しさを味わっていただくためには、

この食感が変わらぬうちに食べていただく必要があります。

長年の経験で掴んだノウハウなので、詳しい製法については

お話できませんが、とにかく非常にデリケートなものです。例えば、

本わらび粉の選定から始まり、炊き方もその日の気温や湿度でも変わりますし、

火加減や火の当て方、練り上げ方など、熟練した製菓技術と経験が

求められます。当初は私しか作れませんでしたが、それではお客様の

ご注文に応えられませんので、職人たちに伝授していきました。

現在は3名の職人で作っておりますが、“わらび餅”を作れるようになるには

毎日練習しても概ね3年ほどかかるように思います」

そんな苦労があったとは、驚きますね。

     

    🧿 弾力がありながら、やわらかい食感のわらび餅

「さまざまなメディアに取り上げられる機会が多くなって、

たくさんのお客様にお越しいただけるようになりました。そのことで、

“『茶寮 宝泉』といえば、わらび餅!”と称されるくらいの銘菓に育てて

いただきました。本当にありがたいことでございます。

こうして、わらび餅の本来の美味しさを知っていただける人が、

少しずつ増えていることは、職人冥利に尽きますね(笑)。どこか、

苦労が報われたような気持ちになっております」

文月のおもてなしの花

     

🧿 床の間に祇園祭の軸がかけられ、手付籠には河原撫子(かわらなでしこ)や

    半夏生(はんげしょう)を始め、季節の花が飾られていた。

 

床の間には、文月のおもてなしの花が生けられます。『茶寮宝泉』の花を

生けておられる古田由紀子さんに、今回の花の種類についてお伺いしました。

「手付籠に、主格の河原撫子と半夏生を収め、線の糸芒(いとすすき)を

散らし、動きをつけました。円錐状のピンク色の花を咲かせる

穂咲下野(ほざきしもつけ)と多数の白色五弁花を下から咲き上げる

岡虎尾(おかとらのお)を取り合わせています。

   

  🧿 【京の花 歳時記】文月の『茶寮宝泉』の銘菓「わらび餅」の誕生秘話と

河原撫子 河原撫子は、多種で入れても調和しやすいので、この季節、

非常に重宝します。また、籠にも似合いますね」

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職人さんの苦心や熱意のこもったお話を聞いた後に食す“わらび餅”は、

一味も二味も違ったものでより一層美味しく感じられました。これから先、

“わらび餅”が店頭で売られるような季節になりましたら、

きっと『茶寮宝泉』で味わった本当の“わらび餅”の味を思い出すことでしょう。

機会がありましたら、是非召し上がってはいかがでしょうか?

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【夫看取り 我が身病めるを 忘れがち(シルバー川柳)】