和子のこぼれ話-44〜和子の子育てー1


アパートの狭い家では、たいした内職も出来ませんでしたが、
団地に越してからは、団地のお母さん達から関東電子の内職の
グループに入れて貰ってグループで内職もしましたが、グループの
仲間が、子供が熱を出したからとか用事が有るから・・・と休み思う様に
お仕事も出来ない。和子は僅か月に5,000円でも良いから固定した収入が
欲しいと思って居る時、靴下の先かがりの内職を教えて貰い北側の3畳を
仕事場に・・・夫に了解を得て始めました。


当時内職で10,000円稼ぐのは大変でした。和子は靴下の内職を始めて最初は
「今日は200円・今日は250円」と言いながら練習をし月に30,000円を目標に
頑張りました。内職で貰ったお給料は1/3は貯金・1/3は夫と2人のお小遣い
残りの1/3は食費と2人の子供の名前で貯金、此れが楽しみで朝は9.00頃から
夕方5.00頃迄、お昼休みは昼ドラを見るから2時間、予定を立てて・・・
誠が幼稚園に行ってる間は、浩二はお家で・・・
未だ1人で外に行ける程には〜誠が帰って来ると・・・兄弟で良く遊びました。
一部屋を仕事場にして頑張って3年位した頃かな?


団地に入居した頃は上のお宅も若夫婦の共稼ぎ・下のお宅も夫婦で共稼ぎ
家でリンキング(動力ミシン)を廻して居ても何の苦情も無く過ごしましたが
下のお宅で赤ちゃんが生まれ、下から苦情が有り、内職を辞めた時は浩二は
年長さん、誠は3年生に成って居ました。