思い出ばなし・レースの生地が行方不明?-2・・・

 

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東京の本家のお姉さんから「和子さん、其れってケイさんが売っちゃって

お鍋の中に、入っちゃったのと違う?」と言われて「マサカ?」と思ったけど

又、他人様のお財布の中迄は覗いた事が無いから~和子と夫の想像だけの

お話しだけど~たかしさんは、新潟から東京に帰ってからは、今どきの若者じゃ

無いから「ムシャクシャするから・・・」と刃物を振りかざしたり、

「誰でも良かった・・・」と他人様を殺めたりこそ、しなかったと思うけど~

それに等しい状況で、ケイさんも、かなり苦しんだと思うし・・・良く和子に・・・

「九州の実家に帰りたい」と零した事も・・・其れだけに若しかしたら

家計は、火の車だったのかも??? だけど・・・ケイさんは和子に一言も・・・

「生活が大変だから、申し訳無いけど・・・」と詫びる事は有りませんでした。

 

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再度、寸法を取りに来てから・・・2~3度「和子さん、美味しいものを食べに

行こうか?」って誘われた事も有ったけど・・・和子も共稼ぎで働き、

中々お茶することも無く、月日は過ぎて行きました。

 

たかしさんが亡くなって本家とケイさんの溝も段々と深く成り・・・

和子は何度も・・・「夫の方がお兄さんで、たかしさんが弟なら少しは

アドバイスが出来て、ケイさんの娘も本家の従兄妹や和子の息子たちとも

コミュニケーションが取れて仲良く出来たのでは?」と思う事も・・・

 

でも~夫は3男坊で「和子さんは生意気・・・」と思われるのも???

そうこうして和子の息子も人並みに成長し、2人共、社会人に成って数年が

経ったある日、ポストの中に市の方から1通の手紙が来て・・・

「お宅は家族4人で収入オーバーで市営住宅を明け渡して下さい」と

言う知らせでした。

 

仕方なく住み慣れた洋光台の団地を手放し、マンションに移り住んだ時、

ケイさんからコーヒーカップのセットが送られて来ました。

和子は「引っ越し祝い」だと思い込んでお礼の電話を入れた所・・・

其れは「引っ越し祝いではなく・レースの生地がコーヒーカップに・・・(笑)

やっぱり本家のお姉さんの言う様に「素敵なレースの生地は鍋の中に・・・」

【朝寒に 喝を入れたる 万歩計(シルバー川柳)】

思い出ばなし・レースの生地が行方不明?-1・・・

 

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たかしさんが、未だ元気だった頃か?亡くなってケイさんも娘を

児童館に預けて、外で働き出してからか、和子の記憶に有りませんが、

独身の頃に、「行儀見習い」と称して静岡の酒屋さんの本宅に(滋賀県)一年

お手伝いさんに行った事が有り、そのお宅を退職した時に、奥様から立派な

総レースのスーツ地を頂きました。

 

社員寮に居た頃に洋裁も習って何枚かスーツも縫いましたが、

其れはそれは豪邸の奥様に頂いたスーツ地は、立派過ぎて鋏を入れる事は出来ず、

結婚しても押入れの肥やし同然で仕舞って置きましたが、有る時

(そ~だ~ケイさんは洋裁の先生~だ)と思い付き、ケイさんに「レースの生地で

スーツを縫って貰えるかな?」って聞いて見たら・・・「急がなければ良いよ~」と

快く引き受けて呉れて、(押し入れで眠って居るより・・・)と思い

「何時でも良いよ~」とケイさんに預けました。

 

確かに(別に急がないから何時でもよい?)と思い、預けたんだけど・・・

一年経っても・3年経っても・5年経ってもケイさんから戻って来ないし・・・

和子も正直、自分で欲しくって買った生地じゃ無いから・・・忘れて居ました。

その間には・たかしさんの一周忌も、三回忌も・7回忌も・・・有って

何回か逢ってるのに、何も言わないし・・・和子も忘れちゃって

催促もしなかったんだけど・・・有る時フト思い出して本家のお姉さんに

その旨話したら・・・

お姉さん   「和子さん、其れってケイさん売っちゃってお鍋の中に

        入っちゃったのと違う?」

和子     「まさか~?確かに立派なお宅から頂いたレースのスーツ地だから

       売れば、その辺のウール地やカシミヤとは違うから・・・」

とは言ったものの・・・マジで売っちゃったのかな?って思いました。

 

其れから暫くしてケイさんから電話が有って・・・

ケイさん  「この所、仕事が忙しいからお友達に和子さんのレースのスーツを

      縫って貰う様に頼んだので、もう一度体型も変わってるし

      寸法を取らせて呉れる~」

と言う電話が有って・・・寸法を取りに・・・

(やっぱりお姉さんの言う、ケイさんちの鍋の中には入って無かった~~~(笑)

                  続き・・・

 【ぬり絵する ホームの母や 冬ぬくし(シルバー川柳)】

思い出ばなし・たかしさんの死・・・

 

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ある夜、11.00時ごろに東京の実家のお姉さんから電話が有って、

10時ごろにケイさんから電話が有って『うちの人は冷たく成ってるみたい?』って

言うから今、パパ(長男)とお姑さんが見に行った」と言う電話でした。

 

当時、和子の息子(長男)は4歳と(次男)は1歳に成ったばかりだし~

たかしさんの娘も5歳、来春1年生に成るって頃でした。

聞く所に依ると、普段からお酒が好きで日夜、あまりお仕事もせず、

お酒ばかり飲んで、夫婦喧嘩が絶えなかった様です。

 

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『うちの人は冷たく成ってるみたい?』と言う電話を聞いた時は(マサカ?

夫婦喧嘩で遺棄したとは思いませんが、酔っぱらった、たかしさんとつかみ合いの

喧嘩をして打ち所が悪く亡くなったのかな?)と思いました。

 

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たかしさんは突然死で、勿論、警察から検視が入り、司法解剖をした結果

重度の肝硬変で夜中にトイレに起きてダイニングルームの床の上で倒れ

ケイさんは熟睡をして気か付かず、気が付いた時には死後数時間経過し

冷たく成って居たとか?

 

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その後はケイさんも内職の仕立てだけでは、生活に支障が出るから娘を

児童館に預けて、外で働くように成りましたが、やっぱり、たかしさんは

実母が亡くなった時に、10歳ソコソコで男の子の一番反抗期の難しい

年頃だったから・・・又ケイさんも、たかしさんから恐らく苦労話を聞いてるから

余り実家に行く事も少なく、段々と疎遠関係に・・・

度忘れも 老の一策 日脚のぶ(シルバー川柳)】

思い出ばなし・たかしさん(仮)-2・・・

          

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昔・昔大昔・・・もう半世紀も昔の事ですが、和子が織物工場に勤めていた頃に、

毎日三時間ほどドレメ式の洋裁の先生の教室に通って、洋裁を習いました。

その時、先生が雑談で「女は手に職を就けると一生苦労するから

手に職は就けない方が良い」と言われた事が?その当時は和子も、勿論独身で

その言葉自体チト理解するのに時間が掛ったような?当時は、未だ々家庭の主婦が

お勤めをする事自体「親父の甲斐性なし」と笑われた時代だったから・・・

 

たかしさんは、何度職に就いても、直ぐに辞めちゃって~3ヶ月失業保険を貰って、

又職探し・・・その様な事の繰り返しで、ケイさんは洋服の仕立ての内職をして

生活をして居た様です。偶にご招待を受けてたかしさんのお宅に行くと

何時も内職の様子が伺える?その時、フト、ドレメ式の洋裁の先生の教室に

通っていた頃に先生から「女は手に職を就けると一生苦労するから

手に職は就けない方が良い」と言われた事を思い浮かべ・・・

(あ~そう言う事だったんだ?)と納得した事も・・・

 

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其れでもたかしさんのお宅にお邪魔してお酒を飲んでない時は何時も・・・

「和子さん・和子さん・・・」と優しくお声掛けをして呉れて

優しいお兄ちゃんでした。有る時は夫に「お前たち家族と俺たち家族とで

一度新潟に行こうか?」と言うお話も・・・

 

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其れから間もなく、夜中の11時ごろに東京の実家のお姉さんから電話が有って、

夫が出ると、たかしさんの訃報の知らせでした。享年・38

               

                 -合唱―

 【人生は 山谷超えて まだ歩む(シルバー川柳)】

思い出ばなし・たかしさん(仮)-1・・・

 

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たかしさんとは夫の兄(次男)さんです。夫の兄妹は長男こそ、

「お兄ちゃん」と呼びますが、後は皆さん、名前を呼びます。

たかしさんは夫より4歳年上で、実母が亡くなった時は10歳か11歳で一番反抗期で
難しい時だったと思います。又お舅さんは新潟の田舎に預ける時に普通単純に

考えれば長男と4男・次男と3男と分けて父方の実家と母方の実家に預けると

思うけど、何故だか長男と夫(3男)を母方の実家に、次男のたかしさんと障害者の

4男を父方のご実家に・・・4男はたかしお兄ちゃんが大好きだったのかなぁ?(笑)

最も夫の両親の実家は直ぐご近所で只寝る時に家が違うだけ・・・

って感じでしたが・・・

 

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和子が結婚して初めて、お逢いしたのは結婚式の時でしたが、4人兄弟で一番

ハンサムで美青年と言う印象が強かったです。

ですが、お酒が大好きで陽気なお酒なら最高ですが、酒癖が悪く、お酒を飲むと

正直がっかり・・・従兄妹の紹介で何も知らない夫と結婚して、

「この酒癖の悪い、たかしさんじゃ無くて良かった~~~」って思ったのは

事実でした。

 

たかしさんは、お酒がご縁で、居酒屋だか、バーかキャバレーかは良く

分かりませんが、新潟から東京に帰っても、真面な職にも就かず、お酒を

飲み歩き、有るお店の、ママの洋服の仕立てをして居た女性と知り合い結婚したとか?たかしさんの奥さん、ケイさんは、飲み屋に出入りする様な女性ではなく

タダのオバサンって感じの義理のお姉さんでした。

 

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【介護して 心と心 結びあう(シルバー川柳)】

思い出ばなし・よっちゃん(仮)-2・・・

 

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和子たち夫婦は、夫が実母に先立たれ幼い頃から新潟の祖父母の家に預けられて

大きく成った制で、又和子も田舎育ちで一々家の鍵を掛ける様な窮屈な生活では無く、何時も玄関や勝手口等は開けっ放しで、外に物を置き忘れても無くなる事も無く、

のんびりとした生活を幼児期の頃はして来た制で、夫は東京に帰って来ても、又

和子と結婚をしても、「実家は和子の実家だから・・・堅苦しい挨拶は抜きで

実家の兄妹とも早く家族に成るんだ」と良く言って居たから、

子供が小さい時も東京の実家に良く、行きましたが、よっちゃん夫婦は滅多に

実家に来ないし~盆暮のご挨拶も、夏祭りにもご挨拶には来ても早く帰っちゃうし~

何時来ても、ひさちゃんは他人行儀でした。

 

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やっぱり、ひさちゃんのご実家は近くだし~お母さまやお兄さん・お姉さんは

田畑が忙しく、よっちゃん夫婦も、お休みの日にはご実家に帰って田畑を手伝い

良くお野菜を貰って来るとか???

 

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よっちゃんは結婚して4年程してひさちゃんのご実家の近くに戸建てを建てて

立派なマイホームを・・・

当時は未だ横浜線は木枠で客車の真ん中に柱の有る古風な2両・4両編成だったかな?

夫の会社のお休みの時に息子(長男)と3人でよっちゃんのお宅へお祝いに

伺いました。6畳程の台所と10畳位の洋間とその奥に6畳の和室・玄関から廊下で

個々のお部屋の・・・2階は6畳3室位有るのかな?

 

里山に 初音聞きけり 二人連れ(シルバー川柳)】

思い出ばなし・よっちゃん(仮)-1・・・

 

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よっちゃんは夫の義母の連れ子で和子より一歳年上で和子たちより

一年後に結婚しました。夫の話しに依るとよっちゃんは職場の同僚に親しい

お友達が居て良く、独身の頃から実家に遊びに来て、家族も彼女と結婚すると

思い込んで居た様ですが、いつの間にか、彼女と別れて

「ひさちゃんと結婚する」と???

 

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ひさちゃんは一人娘で上にお兄さんが数人いて可愛がられて大きくなった様です。

ひさちゃんは神奈川県の相模原市の方で、今は良く分かりませんが、当時は

田畑が多く、県内でも田舎の方でご自宅も大きく、土地も沢山お持ちの

お宅だった様で、夫は新潟の田舎から東京の父の元へ帰って来たら義母と

よっちゃんが居て、当然の如く、義母にすれば我が子が一番可愛いから

夫は何時も・・「貴方はお兄ちゃんでしょう?」と言って儘っ子苛めが始まり、

義母同然憎っくき弟だから・・・

 

「よっちゃんは、職場の同僚と別れて財産目当てにひさちゃんと結婚したんだ」と・・・本当だか嘘だか・・・((^▽^笑) )

 

やっぱりよっちゃんは夏休みに成ると毎年、義母の実家、東京の千歳船橋

オバアチャンの家に何時も行って居たとか?

 

やっぱり複雑な家庭環境だから・・・夫の兄弟の居る自宅よりオバアチャンちが

良かったのでしょうね?

 

【年重ね くしゃみするのも 命がけ(シルバー川柳)】