人生色々、「普通」に生きるのもたいへんですよ

       

       「普通」に生きているけれど

生まれたときから不思議なめぐり合わせがいっぱい、人生は楽しいな。

生まれたときは

昔にしては晩婚で結婚した母(大正生まれ)。

子供が欲しいけどなかなか妊娠せずに訪れた産婦人科の女医さん

(たぶん日本初の産婦人科女医、かなり有名らしい)に・・・

「日本で初めてなのですが、排卵誘発剤というものを使ってみますか?

 双子か三つ子が生まれるかもしれませんが……」と言われたそうです。

母は(多分……藁にもすがる思いで)排卵誘発剤で、私を妊娠したのです。

難産ののちに、私は母の胎内で死んでいた(らしい)。動かなくなって

いるので出産にはならず、鉗子分娩により無理やり体外に出されたので、

顔面と頭部に傷ができていました。心肺停止、全身紫色のだらりとした姿で

膿盆の上に乗せられました。すでに死んでいるということで産着も

片付けられ、父は隣の空き病室で声を殺して泣いたと言います。

担当の女医さんは、それでもあきらめず管を口から挿管し、私が飲み込んで

いた羊水を全て口から吸いだしては吐き出してくれたのです。それでも

蘇生せず心臓に2本の注射をさされて、体をたたかれ続け、

初めてふにゃっと息を吹き返したようです。何とか命を吹き返し、

「天が助けた子ども」という意味を込めて女医さんが「祐子」と命名してくれました。

   

     💃 人生の断崖絶壁、生きるかどうか……

「普通」に生きている 

幼いときには虚弱体質で、病院通いが多く、幼稚園や学校を休んで

寝ていたことが多かった思い出があります。布団の中から窓を見上げて、

空ばかり見ていました。いろいろなことがありましたが、とりあえず

人並みに成長し、就職し、結婚し、子供も育て上げ、病気も乗り越え、

年を重ね、普通に暮らしています。しかし、普通というものがいかに

大変なことか……。 がんばって生きている挙句、やっとこさの「普通」です。

一言でいえば「普通」なのでしょうが、いっぱいがんばり、生き抜いてきて、

今あるのが「普通」です。「普通」などと、ひと言で言いきれる日々では

ないけど、やはりこれが「普通」なんでしょうね。

最近では、ありがたい日々だと感謝しつつ暮らしています。

現在は、朝5時に起きだして、6時過ぎのバスに揺られ、JRに乗り換え、

最寄り駅から自転車に乗り換え職場に向かい……。

日々中学校で家庭科の授業をこなしている69歳。

曲がりなりにも「普通」にがんばれていることに、

ありがたい思いしかありません。

   

      💃 流れ始めた小さな川、さてどうなる……

自分のアンテナ

まだもう少し生きている時間があるのなら……。

自分らしく、後ろめたくなく、腰は曲がっても心の中で胸を張って、

気が向くままに心が赴くままに、行きたい場所に出かけ、美しいものを見て、

感動する心も忘れず、友の恩を忘れず、ほほえみも適度に忘れず、

感謝の思いを忘れず、スタスタ歩けずとも自分の歩幅で周りの景色を

見ながら、心のアンテナを張って感度を鈍らせないように歩いていけたら

いいなと、思うのです。せっかく排卵誘発剤でこの世に生まれ、蘇生して

いただけた命ですもの、おろそかにはできません。

「普通」でも構いませんよね、大切に丁寧に人生を

楽しみながら生きていきますよ。

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