読後感に触発されて出かけました・・・

       

      黒田官兵衛・幽閉の城

『黒牢城(こくろうじょう)』米澤穂信(第166回直木賞受賞)を

読んだ後に、城跡を歩きたいと思いました。

いざ、黒牢城へ

かつて日本が騒乱の時代、荒木村重が伊丹の城を取り「有岡城」と

名を改めた頃の話です。

   

荒木村重は織田側についていましたが、毛利の援軍が来ればと予測し、

織田信長に反旗を翻します。織田信長の勘気に触れたら、それは大変なことに

なります。そこで、黒田官兵衛が伊丹の有岡城に来て「織田信長を裏切る

なんてとんでもない」といさめに乗り込みます。

しかし荒木村重は、黒田官兵衛を城内深く幽閉してしまいます。

その当時の習いとして、城内で首を切られ織田側に首が送り届くことに

なれば、武士として役目は果たしたが、不首尾に終わったと思われるのです。

しかし、城に入ったまま戻らないとなれば、黒田官兵衛自身も反旗を翻し、

荒木村重側についたと思われます。

当然、黒田官兵衛織田信長に人質として息子を差し出しているわけで、

城内で切られて死ぬよりつらい立場だったのです。幽閉1年、

足もなえ息子も処刑されたのです。

という史実をベースに書かれた、米澤穂信の『黒牢城』。

その本を読み終えたそのすぐ後に、いても立ってもいられなくなり

「いざ、いざ、有岡城へ」と、伊丹へ向けて出発した次第です。

有岡城に立つ

伊丹までは「乗り鉄」の心がざわつき、当然各駅停車で延々7時間以上

かかっての到着。しかし、当時の五十三次テクテク旅よりは早いわけで、

7時間の列車の旅はどうということはありません。

さあ、有岡城です。駅のすぐ近くに城内への石垣があり、石垣、掘割、礎石、

土塁が残っています。

   

もう感激で心臓がバクバクします。当然、歩き方もそわそわと小走りで

城跡中を傘をさして走り回り、石垣に抱きつき、土塁を登ったり下りたり。

それほど広くもない場所ですが、行ったり来たりで何周も小走りです。

   

有岡城江戸城小田原城と同じように「総構え」(そうがまえ)の城です。

「総構え」とは城の内部に町民も商人も、もちろん兵士、侍もすべてを町ごと

内包する城の構えのことです。当然、城域は大掛かりなものになります。

   

有岡城は、南北1.7km、東西0.8kmです。

まず、街並みを突っ切る形で横移動をしてみますが、現在は造り酒屋が

並び立ち、おしゃれな街並みになっています。少し興奮した心を鎮めるために、

酒屋に入りクラフトビール660円をいただきます。喉ごしがよい柑橘系のビールです。

   

城跡の横(東西)を確認し、そのあとは北の砦跡だったといわれる

猪名野神社へ向かいます。立派な神社が雨の向こうに見えてきます。

神社までの道のりは、多分武家屋敷が並んでいたであろう面影を空想の

イメージに立ち上げて歩きます。

   

神社では御朱印もいただけました、よい記念になります。

神社裏手に回るとしっかりと土塁跡が見えます。神社の外側に出て

その高さなども、微妙なカーブとともに見うけられます。

   

その後、荒木村重織田信長に攻められて、籠城した後に逃げ延びます。

しかし、つかえていた女性たちは処刑された模様で、供養塚を見ることもできました。

      

とても満足して駅方面に戻ります。

途中、街中にお風呂屋さんを見つけたので、雨で冷えた体を温めようと

入りました。ご当地のご婦人方の会話を聞きながら手足を伸ばして、

城巡りを反すうし幸せな気分に浸りました。城好きには最高の一日になりました、

ああ~満足じゃ。

   

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【骨が減り 知人も減るが 口減らず(シルバー川柳)】