何に希望を持てばいい?【生きるヒント】―4・・・


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  何に希望を持てばいい?生きる意味とは?

「50代からの女性のための人生相談」は、お悩みに答える。今回は53歳女性の

「生きる意味を教えてほしい」というお悩みに、仏教の教えをわかりやすく

説いて「穏やかな心」へ導く住職

私は53歳の会社員です。夫がおり、夫婦仲も悪くありません。仕事と家事で

毎日あっという間に過ぎ、ただ生きるために仕事をし、家事をこなしていると

いう感じです。好きなものが無いわけではないのですが、自分が

うれしかろうが楽しかろうが悲しかろうが、世の中の何にも影響が

あるわけでもないし、自分が死のうが生きようが、世の中の誰にも

何の影響も与えない、ということも事実。

最近、自分が何のために生きているのかがわからなくなり、趣味の

縫い物をしたり、好きな映画やドラマを見ていても、「こんなことをして

何の意味があるの?」と思ってしまいます。

何か人の役に立ちたいと思ってみても、仕事と家事で時間的にも体力的にも

余裕がなく、思っているだけで行動に移さない自分は偽善者だと思って

イヤになります。このご時世、日本という国に生まれて、大きなケガも

病気もせず、食べるものにも困らず、仕事もあるのは大変ありがたいことで、

「自分は恵まれている」ということは、よくわかっているつもりです。

人間の長い歴史の中で、飢餓や戦争が幾度となくあり、その中で生き残った

ご先祖様がいて今の自分がある、亡くなった人が数多くいる中で、

生きている自分には何かすべき使命があって生かされて

いるのではないか、と思う毎日です。私は何に希望を持って生きていけば

よいでしょうか? 生きる意味を教えてください。

人生とは「諸行無常」なもの

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自分がやっていること、やろうとしていることの「意味」がわかれば、

私たちは安心して取り組めます。「意味」は価値と言い換えてもいいでしょう。

例えば、運動に「健康維持のため」と意味づけして、前向きに取り組んで

いる人は少なくありません。一方で、自分自身が納得できる意味づけが

できない(価値があると思えない)人は、私のように運動しません。

私は妻から「健康のためにジョギングでもしたらどう?」と言われると、

「動物が走るのは逃げる時と、獲物を追う時だけだそうだ。だから

健康のためになんか走らない」と言って、彼女の思惑から

全力で逃げます。 私たちが意味づけしたくなるのは、特定の

行動だけではなりません。人は人生そのものに意味をつけたくなる

生き物だ――私がそう気付いたのは、50代になった頃でした。そして、

人生に意味づけができないと、あなたのように「こんなことをして何の

意味があるの?」と不安に感じてしまうのです。

そんなあなたも、ご主人と結婚した時は「私の人生は彼と出会うために

あったのだ」と、自分の人生に意味づけをしていたことでしょう。

ところが、意味づけ(価値)は時間の経過とともに変わっていくものです。

諸行無常が世を貫く道理なので、仕方がありません。

「諸行(諸々の作られたもの)」が「無常(同じ状態を保つことはない)」

なのが、私たちの生きる世界なのです。

結婚生活に胸ときめくような意味を見出していたあなたが

「夫婦仲は悪くありません」と素っ気なく表現するようになったのですから、

まさに諸行無常です。

自分を責める必要はない。生きるだけで目標は達成済み

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そして、どんなことでも集まってくる縁(条件)によって結果が変わって

いくのもまた、仕方がないことです。 “時”と“人”という縁が揃わないと、

物事が動き出すという結果に繋がりません。あなたが人の役に

立ちたいと思っても、具体的に行動できない状況なら、まだその時では

ないだけのこと。「偽善者だ」と自分を責める必要はありません。

相談の中に「死のうが生きようが、世の中の誰にも影響を与えない」と

ありますが、それもあなたの勘違いです。 自分で意識していなくても、

私たちは生きている間はもちろん死んでからも、善きにつけ

悪しきにつけ、他人に影響を与えているのは間違いありません

(あなたが相談したという影響を受けて私は回答しているのもその一例です)。

「他人に影響を与えられるような生き方をしたい」なんて大袈裟な

目標を立てなくても、すでに私たちはそれを達成しているのです。

人生はいつだって未意味!命という筆で描く人生という絵

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さて、本題の「人生の意味」についてですが、今のところの私の結論は

「人生はいつだって“未意味”」ということです。

すべての人にどんな時代にも当てはまる、究極の「人生の意味」が

存在しないことは、論を俟(ま)ちません(自明である、論じるまでもないこと)。

「人生の意味」はとても個人的なものです。ですから、いくら私が

坊さんでも、あなたの人生の意味を知っているはずはありません。

私に言えることは、人は生まれた時から白いキャンバスに自分の人生を

描き続けている、ということ。あなたは53年間、「自分の人生」という

絵を描いてきました。時には重ね塗りし、描き直し、描き足した部分も

あるでしょう。そして、53歳になった今――あなたはキャンバスに

描かれた自分の人生に、どんなタイトルをつけますか?

そのタイトルこそが、あなたのこれまでの人生の意味です。

「回り道」「万華鏡」「右往左往」「なるようになる」など、

どんなタイトルをつけようとあなたの自由です。あなたの人生は、あなたが

意味づけするものなのです。

その意味づけ(絵のタイトル)は、どんどん更新されていきます。

いつか、この世とお別れするとき、あなたの人生はどんな絵になり、

どんなタイトルがつけられるのでしょうか。それを楽しみにされると

いいと思います。私たちは、命という筆を使って、人生という絵を

描き続けているのです。

「わからん!」として放っておく勇気と感性を磨く努力を

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最後に、意味づけが好きな人に、大切なことを2つお伝えしておきます。

1つ目は、わからないことを「わからん」ままにしておく勇気を持つ、

ということです。あなたが女性として生まれたことも、53歳まで

生きたことも、今日の天気も、それが意味するところは、わかりません。

世の中、わからないことだらけなのです。そのうち「意味」がわかるかも

しれませんが、それまでは「わからん」として放っておく

勇気を持ってください。とても楽になります。

そして2つ目は、その日初めて会う人に、あなたが起きてから

会うまでの間に見た・聞いた・嗅いだ・味わった・触ったことの中から

一つを、自分の感想を加えて短く伝える練習をしてみてください。

これは感性を磨く練習になります。「今朝、街路樹の新芽に触ったら、まあ、

みずみずしくて、柔らかいこと。私の心もそうありたいと思ったわ」と

いう具合です。この感性を身につければ、希望のほうから勝手に、

あなたの人生に近づいてくるはずです。

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【次の世も 一緒と言えば 妻はNO(シルバー川柳)】