S・48年に未だ幼い娘と女房を残して肝硬変で38歳の若さで亡くなった
たかしさんは、普段からしっかりとした定職にも就かず、女房ケイさんが
洋服の仕立てなどをして家計のやりくりをして居たご家庭のだったし・・・
突然亡くなって、一旦は千歳船橋の本家のお墓に埋葬されたのですが、
未だ幼かったかずちゃん(小学6年生位)の頃にケイさんに「何でたかしオジサンは
僕んちのお墓に居るの?」って、未だ々何も分からないのに~フト不思議に
思って口走ったと思うけど・・・そのかずちゃんの言葉をケイさんは気に病み
千葉の奥の方で特売と言うか限定販売でお墓を売ってるのを見て、千葉へ・・・
千葉には本家一族には何の縁も所縁もなく、唯、たかしさんは、寂しく本家の
墓から分骨をして立派なお墓を買って貰って落ち着きましたが、果たして
春のお彼岸・秋のお彼岸・たかしさんの命日にはお参りして居るのかな?
って感じでした。
たかしさんが亡くなって・一周忌・三年・七年の頃は千歳船橋のお墓で法事を
努めましたが、何時かケイさんは「本家のお姉さんに命日を教えられた」と・・・
それほど冷たいたかしさんご夫婦・遠い千葉の奥までお参りにケイさんは
娘を連れてお参りして居るのかなぁ?って心配する事も・・・
そんな有る時、「たかしさんの17回忌を努めるからお参りして下さい」と
連絡が有って、夫と2人でお参りしましたが、広々とした所にお墓は有って
唯、法事をお経を上げる小屋が有って各々お坊さんをお願いして
お参りをして貰うと言う形式でしたが、最近はその様な墓地も有る様で左程
驚きもしなかったけど・・・
何となく女房や子供に見捨てられて・・・冷え切った、たかしさんを感じ
胸の詰まる思いでした。 -合唱―