和子のこぼれ話-88〜慶ちゃん〜

日本ジャージでは繁ちゃんが亡くなり、ガウンの縫製工場の人達は
「どうして秋山さんは繁ちゃんとそんな仲良しだったの?」って
不思議がる人も、居ましたが・・・
社員食堂で繁ちゃんは和子の向かい、右隣には金子慶ちゃんが・・・
金子さんは和子より7歳位若かったけど、繁ちゃんと親しくする事で
羨ましかったのか、何時も「秋ちゃん・秋ちゃん・・・」と彼女は実家が
鎌倉で上大岡にアパートを借りて一人で住んで居ました。何でも家庭が複雑で
彼女のお母さんは若くして亡くなりお母さんの妹さんとお父さんは再婚をし
言わばオバサンだったとか?


当時は慶ちゃんの事は良く知りませんでしたが、只感心するのは
日本ジャージの僅か10万円ソコソコのお給料でアパートの家賃を払って
生活する事でした。和子には到底真似は出来ないと・・・
時々帰りに上大岡でお茶をしても5回に4回は和子のおごり?だから・・・
当然「秋ちゃん・秋ちゃん・・・」って・・・  (〃^∇^)o_彡☆あははははっ
有る時、「秋ちゃん偶には親孝行をしたくっても一ヶ月3,000円の貯金も
出来ないよ〜偶には何処かへ旅行にも行きたいけど行けない〜と零すし・・・
「じゃ〜今度2人で旅行に行こうか?少しは私が出して上げるから・・・」と
持ち掛け夜行2泊2日で滋賀県琵琶湖大橋を渡って雄琴温泉に泊まって
湖東三山・信楽焼へ・・・慶ちゃんも取っても喜んで居た。


湖東三山の一か所の西明寺の近くに姪っ子が所帯を持ってて折角此処まで
来たのだから・・・と思い公衆電話から電話をした。ま〜こは電話の声が
近くで「かーこちゃん何処から電話して居るの?」って言うから「西明寺
ツワーで来たから・・・」と言うと「折角だから寄って来なよ〜」って
「もうね?お婆ちゃんも死んじゃって孤児に成っちゃったから帰る所も
無いから・・・お友達と来たんだけど、このまま帰るね?」と言って
冗談を言って電話を切って・・・帰って来た