近江日野商人「ふるさと館」旧山中正吉邸

江戸時代、全国各地で活躍した日野商人たち。山中正吉家は、天保初年から今の静岡県富士宮市で酒造業を営んだ日野商人です。 西大路に今も残る旧山中正吉邸は、日野商人の代表的な本宅建築「旧山中正吉家住宅」として、平成27年3月31日に町の有形文化財に指…

山口さん・・・

彼女は和子より13歳年上で昼間は会社でパタンナーの(型紙作成)をし 夜は週に何日か洋裁学校を営み、数名の生徒さんが居ると聞いて居ました。 元々洋裁学校を営み、誰かさんの紹介で会社に入社したとか? 彼女は以外と気位の高い方の様でした。 有る時、…

お昼休みには・・・

お昼休みにはご近所の方は自宅に食べに帰る方も居るし~ 調理師さんが居る訳でも無いけど~食堂専門の賄のオバチャンも居て、 極、普通の家庭料理を作って食べさせてくれます。時々オバチャンが お休みをすると和子にお声が掛かり・・・食堂のお手伝いに行く…

年に一度のバーゲンセール

和子の勤めるこの会社はニットを編んで、高島屋の通販のガウンや トップその他の紳士服のお店に卸す洋服を縫製工場で縫い,卸しを して居ます。勿論半端の生地や残った糸等、又通販の返品など、 不用品も多いです。その様な不用品を糸は編み直し・新しいセー…

エピソード

電車通勤も人身事故やポイント故障などが時々有って遅刻をしたりで 大変でしたが、雨さえ降らなければ、朝の通勤は殆ど下り坂で楽ですが その分、帰りは坂を自転車を引いて上がるのは大変でした。でも~~~ 交通渋滞でバスも遅れてイライラするよりも・・・…

今度は正社員に合格・・・

月一でハローワークに通い、又、週一程度にハローワークへ足を運び就職活動 中々通勤に便利であまり遠く無く、手頃な職は中々見つかりません。 スーパーや食堂等は日曜日出勤が有るし・・・会社と言えば電気関係? そんな時、眼に付いたニットの会社・此処は…

ニットの会社へ面接に・・・

和子は独身時代は関西で800人からの従業員の居る織物工場に 勤めて居ましたが、横浜に来て織物工場は無く、唯一見つけたニットの会社 其れは横須賀線の逗子駅から5~6分の場所に有りました。 家庭の事情から、夫と子供を仕事・学校へと送り出し、身支度…

社会復帰・・・

未だ、33歳の若さで2人の子供を持つ母親で有りながら「腎臓結石・胆石」と 夫や子供にお世話に成りながら、何とか病魔との戦いを一応克服して半年に一度 赤十字病院の泌尿器科に検診に行きながら、又パートとして働き始めました。 東芝の音響工場に5年9ヶ…

アッ?和子の『サンゴ状結石?』

石塚先生から「貴女は出来易い体質だから・・・一生縁が切れない事を 覚悟した方が良いよ~~~」と言われ、「食事療法は???」と聞くと 「貴女の結石は『サンゴ状結石』でリン酸で出来て居るから食事療法は 不可能だから出来るだけお水を飲んで尿を出すよ…

未だ残る胆石・・・

赤十字病院の泌尿器科の石塚部長先生から「お腹を切って腎臓を切って中の 結石だけを取り除く手術をするから2週間は絶対安静にして身動き出来ないのを 覚悟の上で入院しなさい」と命ぜられ17日間安静にして、やっと社会復帰が 出来ましたが、未だ、あの2…

職場にご挨拶・・・

開業医の先生から「腎臓の検査をした事有るか?」と聞かれレントゲン撮影の ファイルを見せられた時、耳タブの様な形をした腎臓に、お人形さんの様な恰好で 頭が有って両手・両足を広げて座ってる様な形をした結石 知らない和子には「腎臓機能の一部」だと思…

38日の入院を終えて無事に退院

無事に14日間の寝たきりの生活も又大事を取っての3日間の 紐付き(尿管)も終り38日と言う長い病院生活に終止符を打って愛しい息子の 待つ我が家へ~ 4時間の長い大手術の時は田舎から2人の兄貴も見守って呉れて 未だ麻酔の切れない内に帰り、満足に兄貴…

14日間の寝たきりの生活から解放

先生との約束の十四日間の寝たきりから解放されて「じゃ~起きても良いよ~」って起こされて床に足を突けたら・・・一瞬、お花を生ける剣山の上を歩く様な 感じでチクチクと足の裏が痛かった記憶が・・・ 十四日の寝たきりの生活から解放されて起き上がるこ…

長女の死 (享年 88歳)

昨年三月十八日に姉の連れ合い義理のお兄さんが亡くなり、今年三月に一周忌で帰った時は取っても元気だったのに・・・先月の末に次姉から電話で「姉ちゃんが足が浮腫んで歩くのが困難の様だけど・・・お医者さんの問診を受けると『心臓も丈夫だし心配無さそ…

三国さん・・・-5

和子のお部屋の患者さんは婦人科の病棟で和子以外の方は皆さん 子宮筋腫の患者さんばかりでした。子宮筋腫は術後二~三日すれば 元気に成って二週間もすると皆さん退院して行きます。 その中の三国さんは和子より五歳ほど年上でご主人は辻堂で 本屋さんを営…

三度の食事が苦痛・・・-4 

和子の病室は六人部屋で和子は窓際のベットでお天気の良い日は青空が見えて 十四日間の闘病生活にはささやかな救いでした.。 術後四日目から三度食事が出るのですが、仰向きに寝たきりで 絶対に身動きは出来ず、家政婦さん(今で言うヘルパーさん)が 和子の…

四時間の大手術・・・-3

赤十字病院の泌尿器科の部長・石塚先生は取っても穏やかな名医さんで「子供さんも未だ小さいし・・・手術は夏休みに成ってからでも良いよ~」って言って 下さいましたが、夫は「切羽詰まった病気だったらその様な事も言ってられないし・・・思い切って手術を…

暮の忙しい時に・・・-2  

あれ以来痛みも無く、毎日通常の生活を・・・朝九.00~十六.00迄スーパーで働き 何事も有りませんでしたが、開業医の先生から「片方の腎臓は大きな結石で 動いて無いから早く手術をして切除しないと元気な腎臓もダメにし透析する様に成る」と言われるけど~…

在宅・訪問介護に成ったのは・・・

突然の激痛―1 和子は33歳の頃に・・・子供も学校に行きだし、駅前のスーパーに二年程 勤め、一年に成ろうかと思った時の暮に、夜中に突然の激痛を覚え3時間ばかり失点八倒の苦しみを2晩続け・・・最初の夜は(何だったんだろう?)って思いながら 床に着き…

あれから5年2ヶ月・・・

横浜ロイヤル・パークホテルのランドリー工場を60歳で定年退職して 雇用保険を頂きながらヘルパー2級の資格を取りヘルパーさんに・・・ 今迄、長年通勤で会社勤めをして未だ60歳でお家に籠るのも寂しいし 定年を迎えたオバサンをもう一度会社勤めと・・・…

5年2ヶ月振りに帰って来ました。

すっかりご無沙汰をしました。「和子の日記」を途中で放置してぶらり旅に出て 5年2ヶ月・・・有るサイトに立ち寄ってミニメを初め・・・大勢のメル友さんからメールを頂き、少~~~し若返り楽しい一時を過ごしましたが、夫や子供の居るオバチャンには高い…